床屋
9時に床屋に行った。髪を切って洗髪して椅子を斜めに倒して髭を剃っていたら、お客さんが入ってきた。これは珍しいことだ。70過ぎの男で悠々と待合室のソファーに座った。私の場合はまだ30分はかかる。お客もそれは分かっているだろう。
帰らないかなと私は思っていた。30分経ったら来ればいいのだ。所詮この床屋は客が少ない。私が帰るころに、もう一度顔を出せばいい。あるいは私が帰って、それから何分か経って来ればいいはずだ。しかしお客は週刊誌を読んでいる。
そのうちまた一人の老人が入ってきた。彼は私があと何分かかるか見当もつかないし、まして七十過ぎの老人はまだ洗髪を始めてはいない。だから新たな老人はあとで来るわといって帰るものと思っていた。しかし老人はソファーに座ったのである。ソファーの客は二人とも週刊誌を読んでいた。私は老人は暇なのかなと思った。
床屋は9時から3人いれば12時までかかる。売り上げは1万円ちょっと。もう午後は店仕舞いしてもいいのではないか。この床屋に行ったのは20年位前のことだろうか。そのとき床屋は35,6か。私は床屋の鏡の前に座っても、いつもの通りですかといわれれば、ええ、お願いしますと答え、最後にはい、どうぞといわれて、ありがとうございますと答えるだけである。20年通ったといっても会話はない。床屋に行くのは2か月半か3か月に一回だろう。もっとも床屋自身にしても無口なほうだ。
私は入退院をして1年ぐらいは休んだだろうか。床屋に入ると、どうしたのですかと聞いてきた。脳梗塞になりましたと答えた。会話はそれだけだが、帰りに椅子を90度回転させてくれた。
20年前はそこそこ混んでいたようだが、私が病気になって以来、4年半以上経った時は、客がいるのだろうかと思うほどさびれていたが、まさか今日のように3人いたというのは初めてのことだった。
コメント
まるで、短編小説を読んでいるかのような気分になりました(^-^)
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